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夏を感じる本5選

GWも終わり、もうすぐ本格的に夏がやってくる。(その前に梅雨があるけど)というわけで是非「夏を感じる本」を読んで「夏」を予習しよう。

 

まずは、村上春樹著『風の歌を聴け』。あの! 村上春樹のデビュー作。これは必読だ。あらすじは大学生の「僕」と友達の「鼠」が一夏バーでお酒を飲みまくりつつ複雑な恋愛も少しするというものだが、なにより情景がいい。近年の村上春樹の小説は重厚な筋書きと伏線があってそれはそれでいいけど、初期の村上春樹作品はいい意味であっさりしていて、心に妙に残る。

   ひどく暑い夏だった。半熟卵ができるほどの暑さだ。
   僕は「ジェイズ・バー」の重い扉をいつものように背中で押し開けてから、エア・コンのひんやりとした空気を吸いこんだ。店の中には煙草とウィスキーとフライド・ポテトと腋の下と下水の匂いが、バウムクーヘンのようにきちんと重なりあって淀んでいる。 (p.51より引用)

2作目は川上弘美著『ざらざら』。あまりシリアスではない日常が描かれた短編集だ。作品ごとに季節は違うけど、夏を感じるのは『ラジオの夏』だ。主人公は恋人の和史とふらっと旅に出る。行き先は奈良。想像以上に暑い奈良に時折不機嫌になりつつそれなりに楽しんでいる様子が面白い。

   しばらくしてからようやく順番がきた。エアコンの強くきいた店内に入ると、汗が急に引いた。反対に外の暑さがどっとまとめてやってくる感じだ。外にいて実際に暑かった時よりも、よほど暑さが身にしみた。 (電子書籍 67/1962より引用)

3作目は大島弓子著『夏の夜の獏』、『毎日が夏休み』。こちらはマンガだ。『つるばらつるばら』を表題作にした作品集に収められている。

『夏の夜の獏』では、複雑な家庭で育つ少年から見た世界と日常が描かれている。

人は誕生月から自動的に歳をとる実年齢とその人の精神が指し示す精神年齢とがある
ぼくは8歳だがこのあいだ精神年齢のみ異常発達をとげて成人してしまった
ぼくからみれば80歳の老人でも精神力がなければ1歳の幼児になる
この話はぼくの目から見た精神年齢の世界である
うれえるなかれ ぼくのまわりはほとんどが子供なのである P.77より引用)

 作中では人々は精神年齢どおり描かれるのでお父さんもぶかぶかのスーツを着た子供だし、先生もめがねをかけた子供だ。そんな中主人公の「僕」は成人した姿で描かれている。

この話には夏らしく昆虫展やセミの抜け殻などが出てくる。夏の間に主人公は失恋や喪失などを経験するわけだが、夏の中心ならではの描写が、より作品のきらめきを増している気がする。 

『毎日が夏休み』は、 出社拒否のエリート義父と登校拒否の娘が便利屋を始める話だ。佐野史郎が義父役で映画化もしている。さくさく話も進むし、仕事をする中学生が主人公なので全般的にいじいじしていなくて爽やか。夏らしい描写は少なめだが、タイトルにもなっている通り「夏休み」は作品の一つのキーワードになる。

次は趣向を少し変えてトーベ・ヤンソン著『ムーミン谷の夏まつり』。ムーミン谷をおそった火山の噴火と洪水。ムーミン一家や動物たちは流され、ちょうど流れてきた劇場に住むようになる。アラビア社の絵皿に描かれるムーミンたちは幸福そうだが、実際は外の世界に翻弄されることが多い。今回も火山の噴火と洪水というなかなかのダブルパンチを喰らっているが、最終的にほっこりする結末になっている。かっこいいスナフキンも多めに登場する。

作中の寝苦しい夜の描写は結構リアル。ムーミンも暑くて悲しいことをつい考えてしまう夜に耐えているんだな…。

 「あつくてたまらないわ。あたし、ねがえりばっかりしているの。シーツは気持ちがわるいし、おまけにすぐに悲しいことを考えちゃうんだもの!」
 と、スノークのおじょうさんが、なげきました。
「ぼくも、そっくりおなじなんだ」                P.31より引用)

最後は吉本ばなな著『白河夜船』。この本の主人公は友達を亡くしており、主人公の恋人は奥さんが長いこと意識不明の状態にある。全体的に重苦しい空気はないものの、危うさの表出方法の一つとして主人公の深く長い眠りがある。夏の話であることを知る前に冒頭にある眠りの描写で、なんとなく、夏らしさを感じる。

 いつから私はひとりでいる時、こんなに眠るようになったのだろう。

 潮が満ちるように眠りは訪れる。もう、どうしようもない。その眠りは果てしなく深く、電話のベルも、外をゆく車の音も、私の耳には響かない。なにもつらくはないし、淋しいわけでもない、そこにはただすとんとした眠りの世界があるだけだ。
                               P.6より引用)

さて、今回、5作品を上げたが、夏ってやっぱり特別な季節だなぁと思う。冷房のきいた部屋で、窓から焼けるアスファルトをちらちら見ながらたくさん読書する夏にしたいなぁと思う。