考えるライオン

日々のことを考えつつ、ゆるく楽しみます。

パラグライダーでふわふわ飛行

『007』シリーズでジェームズ・ボンドが優雅にパラグライダーで飛ぶのを見て、気持ちがやや高ぶったので、挑戦してみることに。

場所は富士山の麓。下から見るとなかなか高い位置から飛ぶ。飛ぶスポットには車で行く。パラグライダーは、インストラクターと二人乗りなのであまり緊張はしなかった。明るい20代くらいのインストラクターだった。

▶︎着地地点から見たパラグライダー
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▶︎飛ぶスポット
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山の斜面を数メートル程走って勢いをつけて離陸する。離陸時に、ふわっと浮く感じと、地面から足が離れる感覚があり、面白かった。
「きゃーとかわーとか言わないんですか?」
とインストラクターに聞かれた。確かに前に飛んでいた人は叫び声を上げていたけどそんなに怖くなかった。

▶︎You can fly映画
ピーター・パン (吹替版)

▶︎I can fly映画
ピンポン

インストラクターが方向を調整したりしてくれるので、飛んでいる間やるべきことはなかった。ゆっくりと、ふわふわ飛んでいるのは楽しかったけど、浮遊感のせいなのか少し酔った。でも富士山は綺麗だったし、下の景色が豆粒のようなのも新鮮だった。

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ゆっくり旋回しつつ着地。少し酔ったから「すぐもう一回!」とはならないけど、ふわふわ飛んでいる感覚はしばらく残って悪くなかった。

芥川龍之介とオスカー・ワイルドの特殊性

国籍は違えど、芥川龍之介(1892~1927)とオスカー・ワイルド(1854~1900)には共通する特殊性を感じる。

▶芥川代表作

▶ワイルド代表作

以下、両者の共通する特殊性に関し考察してみる。

芥川龍之介オスカー・ワイルドの人生

両者の人生は芥川35年、ワイルド46年と短命である。また芥川は神経症からの自殺、ワイルドは同性愛で投獄され失意のまま出獄後死去と、双方劇的な最期を迎えている。

育ちについては芥川、東京大学出身、ワイルド、オクスフォード大学出身と両者高学歴である。芥川は生後まもなく母親が精神に異常をきたし、養子となる一方、ワイルドは医師の息子として生まれ、両親とも文才に恵まれていたという。ワイルドはダブリン出身であり、アイルランド出身者としての複雑なアイデンティティも同時代に生きたジェイムズ・ジョイスやウィリアム・バトラー・イエイツのように持っていたとも考えられる。また、女の子がほしかった母親に女装をさせられたりしていた。

両者の複雑な人生には、ある種の出世欲あるいは自己顕示欲が育つ土壌があったと考えられる。

②芸術至上主義

ワイルドと芥川龍之介の最大の特徴は両者が芸術至上主義とされている、または芸術至上主義を作品で描いていることである。

実際ワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」では自らの美しさに溺れ、道徳的な観念を失っていく青年が描かれている。一方、芥川の「地獄偏」は地獄絵を描くために自らの娘が燃えていても何もしない絵師が描かれている。

作中でワイルドと芥川が描いたのは他ならぬ自身の姿だったと考えられる。芥川の晩年の作品「歯車」には「生活欲が自分にはなく、創作欲しかない」という言葉に対し、「創作欲も生活欲ではないか」と問い返され黙り込むという趣旨の一節がある。ワイルドは道徳的な本ではなく優れている作品をよしとしたとされている。

事実芥川はこのような共通点ゆえワイルドに魅了された時期があった。しかしながら、芥川がワイルドに魅了されたのはつかの間のことだったとされる。芥川は『愛読書の印象』においてはっきりと自分の好みの移り変わりを述べている。

中学を卒業してからいろいろな本を読んだけれども、特に愛読した本といふものはないが、概して云ふと、ワイルドとかゴーチェといふやうな絢爛とした小説が好きであった。それは僕の気質から来ているであらうけれども、一つはたしかに日本の自然主義的な小説に飽きた反動であらうと思ふ。ところが、高等学校を卒業する前後から、どういふものか趣味や物の見方に大きな曲折が起こって、前に言ったワイルドとかゴーチェとかいふ作家のものがひどくいやになった。

                         『愛読書の印象』より引用

これはなぜであろうか。おそらく、芥川は芸術至上主義の気があるのに対し、ワイルドは耽美主義であったからである。芸術至上主義と耽美主義はとても似通っているが、深く掘り下げてみると大きな違いがあるのも確かである。その点で芥川が最初に耽美主義の絢爛な美しい文章に魅せられ、後に幻滅したのはつじつまがあう。

③外国への憧憬

芥川とワイルドの共通点の一つとして、外国への憧れがある。芥川は英文学科に在籍し、後に中国に滞在し、ワイルドはイタリアやフランス、アメリカなどに行っている。これは前述した両者の複雑な人生からの激しい出世欲や自己顕示欲が現れていると考えられる。

多くの作家にとって外国への憧憬は大きなキーワードになることが多い。なぜなら外国や外の世界に好奇心を踊らされるタイプの作家と特定の場所を舞台に踏みとどまらせて作品を描き続ける作家とでタイプが違ってくるからである。前者が万事を知り尽くした上で真実を得ようという心意気があるのに対し、後者は同じ場所で観察し続けることによって物事の心理を得ようというタイプである。前者の方が活発であり、またアイデンティティが成長の過程において固まっていないとも考えられる。

芥川の場合、物心のないころから親元を離れ養子として育ったので、成長の過程においてアイデンティティの確立の難しさを痛感し続けたのに違いない。また、アイルランドは当時イギリス併合時代という難しい状態にあったこともありワイルドも難しい時代を送ってきたと考えられる。またそれに加え、ワイルドは女装の趣味があり、当時断絶されていた男色の気があったため余計にアイデンティティで悩まされたと推測できる。アイデンティティの欠落から旅に出るというのはオーソドックスではあるが、古代から今に至るまで踏襲されている構図でもある。

④結婚の失敗

芥川もワイルドも離婚はしていないが、結婚生活が円満で幸福ではなかったと推測できる言葉を残している。芥川は幸せな結婚を否定している。

今の若い人達は余り恋愛といふものを高調し過ぎる。恋愛に関して非常に感傷的            になつてゐると私には思はれる。婦人が殊に甚しいやうであるもっとも男子のや             ような社会的生活をすることが少いから、婦人に於ける性の意義は男子のそれよ             よりも重く、それだけに婦人が当然の帰結として恋愛を高調するのかも知れない             が、実に馬鹿げたことである。恋愛といふものはそんなに高潔であり恒久永続す             するものではなくて、互に『変るまいぞや』『変るまい』と契つた仲でも、常に幾             紆余曲折があり幻滅が伴ふものである。だから私は先に言うたやうにホリデーラ             ラヴを主張するのである。よしんば其の恋愛が途中の支障がなく、順調に芽を育まれて行つたにしても、結婚によつて、それは消滅し又は全く形を変へてしまふ             うのである。自由結婚にしても媒酌結婚にしても、結婚生活といふものは幻滅であつて、或る意味に於て凡ての結婚といふものは、決して幸福なものではないと思ふ。

                  (『芥川龍之介全集 第十一巻』より引用)

一方、ワイルドは結婚についてのシニカルな考えをたびたび述べている。「結婚というものの一つの魅力は双方にとってだましあいの生活を絶対必要とすることだ。」「男は退屈から結婚する。女は物好きから結婚する。そして双方失望する。」などがそれに当たる。

元々時代の流れに沿って結婚はしたものの、男色なのでそれほど結婚に燃え上がらなかったというのもあるのかもしれない。一方芥川は度々親子の結びつきの大切さなどに言及しているため、結婚についてのシニカルさはワイルドほどではない。ただ、そもそも養子として肉親から離れて育った芥川にとって、家族の存在は得がたくも、馴染めない存在であり、それゆえ結婚後も自身の孤独を深めていったとも考えられる。

⑤主人公の死

芥川とワイルドの作中ではよく登場人物の死が描かれる。「地獄変」と「ドリアン・グレイの肖像」の主人公は双方道徳的とは言えない人物ではあるが、最終的に自らを死に追い詰める。このことは、芥川、ワイルド双方がある意味では自らの人生の行く末を予感していたということを物語っている。なぜなら、この二つの作品の主人公は二人の作者の分身と言える部分を多く持っているからである。つまり芥川は芸術至上主義としての自分を作中で殺し、ワイルドは耽美主義としての自分を作中で殺しているのだ。

「ドリアン・グレイの肖像」のエンディングにおいて、非人道的なことをやり尽くしてきた主人公の罪の罪の意識が胸中に沸き起こる部分がある。

ああ! 高慢と激情の瞬間に、肖像画が彼の日々の重荷を負い、自分は汚れを知らぬ輝かしい永遠の若さを失わないようにと祈ってしまった! 彼の過ちのすべてはそこから始まっている。日々の中で罪を犯すたびに、すばやく確実に罰を受けていたほうがよかったのだ。罰には浄化の働きもある。「我らの罪を赦したまえ」ではなく「邪悪さゆえにわれらを打ちたまえ」のほうを公正なる神への祈りの言葉にするべきだ。

                        『ドリアン・グレイの肖像』

 わかりやすく言えば善と悪の戦いの話だが、ドリアン・グレイの死から、善と悪はお互いを刺し違え奈落に落ちていったというような印象を受ける。これはまさにしゃれて粋ぶったワイルドとその晩年を示唆しているようだ。また、芥川の作中の絵師は芸術至上主義らしく地獄絵を書き上げながらも後に自殺する。これも晩年の芸術至上主義になろうとしていた芥川が自ら死を選んだ事実と似ている。このことから、二人の作者は共に自分の性質と行く末を冷静に見つめていたといえる。

西伊豆の『伊豆一』でのんびり

西伊豆の『伊豆一』は、いい宿だ。テレビにも出ているし、楽天トラベルの人気ランキングも上位だから知名度が低いわけでは決してないけれど、見つけたら黙って常連になりたくなる。

『伊豆一』は、夜ごはんが18時までに始まるのでチェックインは16時~18時とやや早め。

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チェックインしてすぐに貸切の温泉に入れる。少しぬるめのお湯が気持ちいい。温泉の効果・効能は、神経痛、筋肉痛、関節痛、冷え症、疲労回復、美容。

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布団は押し入れにしまってあるので好きなタイミングで敷いてゴロゴロ出来る。静かで明るい空間に心が癒される。

▶布団ビュー。

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夜ご飯は鯛のお刺身がたくさん出る。どんな料理もおいしく、お酒が進んだ。

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ご飯を食べた後はお散歩をした。10分以内のところに海がある。夕焼けが綺麗なスポットのようだ。

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人通りは少なく、山と雲の感じが非常に素敵だ。(映画『君の名は。』に出てきそうな空…)。

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朝は歩いてまた海に行って少し泳いだ。パラソルもないしライフセーバーもいないが、簡単なシャワーはある。水温は少し冷たく、砂はゴツゴツしているが、気持ちいい。

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朝食は煮魚を頂いた。

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チェックアウトは朝10時まで。終始、宿の人はフレンドリーで接客も丁寧だった。

ドラム3日間集中レッスン

米音楽雑誌「ローリングストーン誌」が選ぶ「歴史上、最も偉大なドラマー100人」の1位はレッド・ツェッペリンのドラマー、ジョン・ボーナムだ。

レッド・ツェッペリンのドラムがかっこいい曲

移民の歌

移民の歌

  • Led Zepagain
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

確かにすごいし、かっこいいと思うけど何をもってしてあんなにすごくてかっこいいのかよく分からない。せめて遠さだけでもちゃんと知りたいと思いドラムの3日間集中レッスンを受けてみた。

グループレッスンだったが、グループの中で完全初心者は少数派で、楽譜の読み方からしてついていけず、やや悲しくなった。

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すっぱいぶどうの論理(きつねが高いところにあってとれないぶどうに対し、「どうせすっぱい」と言ってぶどうの価値を落とすことで自己正当化する話から来た、高いハードルに対する自己防衛の心の動きを表す論理)というやつが発動し、「ふん、ドラムなんて興味ないし、できなくていい」と思ったが、「すっぱいぶどう論理に惑わされちゃだめだ!」と思い直し初日を乗り切った。

ドラムの基本、8ビートができるまでにとても苦労した。右手と左手と足で違う動きをするので、意味不明だった。先生が直感的にリズムを説いてくるのだが、「わかるけどできんよ」と思った。人格が分裂して歩き始めるような、不可能きわまりないことに思える。頭で考えすぎるとわからなくなるのでひたすら、模範のリズムを唱えながら体を動かしていたら2日目にできるようになった。
あぁ、あれだ。これは、ヨーダの教えだ、と思った。
スター・ウォーズ ヨーダ 1/6スケール プラモデル

Don't think.Feel. (考えるな、感じろ)。
という教え。

▶︎スターウォーズには、金言がたっぷり詰まっている
スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望 (吹替版)
3日間の集中レッスンの最後に発表会をやって終わった。結果的に課題曲の成熟度はかなり低かったが、ヨーダの教えが少し分かってよかった。

▶︎課題曲はGreeenの『キセキ』の簡単バージョン

キセキ

キセキ

「道玄坂カフェ」でCBDグルメ

CBDとは大麻草に含まれているカンナビジオールを配合しているオイルのことだ。ストレス軽減や安眠に効果があるとのこと。睡眠サプリにもなっている。(大麻の成分のうち、違法なのはTHCであり、 CBDは日本国内でも合法だ)。

渋谷の「道玄坂カフェ」ではCBDオイルを配合したメニューがある。

 店内のデザインは赤を基調としている。ちょうど『ブレードランナー』と『アメリ』を足して2で割ったような世界観。こぢんまりとしていて空調が効いていて清潔でいて自由でマイペースな雰囲気がとてもいい。朝5時まで営業しているということなので、終電を逃したら次からここに来ようと思った。

▶︎周辺には有名クラブもあり
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▶︎オオシロムネユミ氏の描いた絵と紫色の間接照明
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フードメニューも充実しているが、食後だったのでコーヒーを注文した。990円。コーヒーにその場で店員さんがCBDオイルを垂らしてくれる。

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味は普通の「美味しいコーヒー」。CBDオイルに味や匂いといった癖はない。飲んだ後心なしか、頭がすーっとした。でも一緒に行った人はすーっとしていなかったので、プラセボ効果かもしれない。CBDスイーツやビールは、次回ぜひ食べてみたい。

癒し!星の王子さまミュージアム

星の王子さまミュージアム』は比較的こじんまりとした美術館だが、コアなファンが多い美術館でもある。自然豊かな場所にあるので、空気も澄んでいる。

▶︎建物がかわいい
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▶︎バラもたくさん
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▶︎俯いていても暗くならない王子さま像
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この美術館は、『星の王子さま』を読んだことがない人でも全く問題なく楽しめるが、読むとさらに楽しいとは思う。この話の中には絵に描いたようなダメな大人がたくさん出てくるが、説教くささはなく、同じ色々な世界を旅する系の『ガリバー旅行記』のように重い読了感もない。

星の王子さま

だめな大人とのやりとりで特に刺さったのは以下の部分だ。

ーどうしてお酒を飲むんですか?

「忘れるためさ」

ー何を忘れるためなんですか?

こう聞いたとき、すでに王子さまは酔っ払いのことを気の毒に思っていました。

「恥ずかしいと思っていることを忘れるためさ」

                   『星の王子さま』74ページより引用

正直、かなり酔っ払いに対し共感できる。

基本的にこの本に出てくるダメな大人は程度の差こそあれ、共感できる人物だ。その大人たちが王子さまに同情されたり、いぶかし気に見られる度に心の擦り傷が少し痛む。

▶︎王子さまが出会った癖のある大人の一人の像
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作品全体が綺麗でかわいくて寂しい雰囲気で、終盤は息苦しさを感じるくらいだ。

ーボクも、今日、自分の星に帰るんだ。

それから、淋しそうにこうつけ加えました。

ーキミが自分の家に帰るよりもずっと遠いし、ずっとむずかしいけどね……。

ぼくは、何かとんでもないことが起ころうとしているのを感じていました。

ぼくは、王子さまをしっかり抱きしめました。でも、深い淵に落ちようとしている王子さまを、どんなふうにしても助け出すことができないような、そんなもどかしさを感じました。

                                                                             『星の王子さま』147ページより引用

星の王子さまミュージアム』では、作者のサン=デグジュベリ自身に関する展示も多く、より作品を深く理解することが出来る。作者の子供時代、パイロット時代、ニューヨーク亡命時代。

188センチの高身長で陽気な性格だったらしいが、幼少期より家族の死や戦争など、度々暗い記憶があり、明るく乾いた文体に、染み出ている。

生死のはざまの不思議な異界にたどりついてしまったとファビアンは思った。自分の両手も、着ているものも、飛行機の翼も、なにもかもが光り輝いている。しかもその光は上空からではなく下のほうから、周囲に積もっている白い雲から射してきていた。

                        『夜間飛行』80ページより引用

▶︎王子さまと写真を撮れるスポット(不時着した飛行機つき)も有り
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『白鯨』におけるピークオッド号とアメリカ

メルヴィルの「白鯨」(原題“MOBY-DICK OR THE WHALE”)は1851年に出版された。

ユニークな部分として、始めの「主要登場人物紹介」において、各々の結末まで描かれている。たとえば主役のイシュメールは

物語の語り手として登場するが、『第一人称の語り手』の分限を遵守するのは第二十二章まで。中略。最後にただひとり生き残り、この物語を語る

とある。これによって読者には、ピークオッド号の結末が分かってしまう。つまり、この小説は白鯨を取りに行くわくわくする冒険小説の類ではないのである。結末は分かっているのだ。大事なのは過程のディテイルである。そのため、メルヴィルは過程をとても詳細に描いている。イシュメールがピークオッド号に乗り込むまでの過程から、一人生き残るまで実に1000ページ以上にわたって描かれている。

この話の主要人物、エイハブ船長は、自分の片足をとった白鯨を執拗に追っている。エイハブ船長いわく、目に見えるものはボール紙で出来ており、それをぶち破ると真実があるかもしれないし、ないかもしれない

本作は、1830年代から60年代にわたって栄え、50年に絶頂期を迎えたアメリカのロマン主義文学の黄金時代、「アメリカン・ルネサンス」に出版され、メルヴィルは語源ともなったF.O.マシーセンの著書「アメリカン・ルネサンス――エマソンホイットマンの時代における芸術と表現」においてホーソーン、ソローなどの作家と共に論じられている。超絶主義などの楽観主義的な思想に対して、懐疑主義的な作品であるが、他方ロマン主義的な傾向のある作品である。

本作は内容も結末も決して明るくないが、文体はわりと淡々としており、陰鬱ではない。ピークオッド号の航跡や構造まで図になって描かれており、個性的な登場人物についても長々と述べられている。

例えば、一等航海士のスターバックは用心深い人物である。「鯨をおそれないような者は、わたしのボートにひとりも乗せん」とスターバックは言う。その言葉はこう解釈されている。

おそらく、もっとも信頼にあたいする有益な勇気とは、直面する危険を公平に評価できる能力に由来するということばかりか、同時に、まったく恐れを知らぬ者は、同僚としては卑怯者よりよほど危険であるということでもあったろう。

▶一等航海士のスターバックは「スターバックス」の店名の由来となっている

StarBacks(スターバックス) タンブラー プラスチック カップ 16oz USA限定

二等航海士のスタッブは楽天的な人物である。

運は天まかせの呑気者で、臆病でもなければ勇敢でもない。ただ、どんな危険にも無造作に立ち向かっていくのである。

とある。その他、出発前にイシュメールが出会う異教徒、クイークェグなど、個性的な登場人物が多々いる。このような個性的な面々の上に立つ、船長のエイハブの存在はひときわ異様である。エイハブはとても複雑な人物として描かれている。立派なリーダー格であるが、狂人のようでもある。それに関しても自覚的と見えて、エイハブは、鯨の追撃中に海に放り出されて気の触れた黒人の少年ピップがついてこようとするのに、「用心するがよい、エイハブも狂っているのだぞ」と言う。彼は常に狂気の中にいながら自覚的である。

ピークオッド号の乗組員は、そんなエイハブ船長を中心に航海を続ける。エイハブ船長の白鯨に対する執念は、鯨に対する憎悪だけでなく、世界の不条理に対する復讐の念も含まれている。乗組員とエイハブ船長はしばしば衝突する。例えば真人間のスターバックとエイハブ船長。

「もの言わぬけものに復讐するなんて!」「あれは盲目的本能にかられてあなたにかみついただけです! 狂気の沙汰です! もの言わぬものに仇討ちするなんて、エイハブ船長、神に対する冒瀆です」

ここでエイハブ船長は「目に見えるものはボール紙にすぎない」と説く。スターバックはもちろん納得しないものの、半分諦めることになる。そして結局最後まで運命を共にする。

ピークオッド号をアメリカに例えることは可能だと思う。未知のものに向かっていくアメリカ。ここで示されているのは、未来に対して不安を抱くアメリカの姿だ。しかし悲劇的な話に関わらず、前述したとおり、それほど悲痛な文体ではない。登場人物が船乗りだというのもあるが、船が沈む直前ですらスタッブの台詞は皮肉だがユニークである。そこの部分はアメリカ人のイメージに合っている。からっとしていて、いさぎがよい。

また、イシュメールは乗組員と心を共にしていること、エイハブへの共感を語っているが、

「乗組み一同ともども、わたしはその凶悪な怪物の来歴に貪欲な耳をかたむけ、また一同ともども、その怪物を殺戮して復讐をとげることを誓ったのだ」

ここにも愛国心の強いアメリカ人独自の連帯感が現れている。その誓いは果たされなかったが、イシュメールは一人生き残った。そして、ピークオッド号において現れたアメリカ人らしさ、を内に抱え生きていくことと思う。