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芥川龍之介とオスカー・ワイルドの特殊性

国籍は違えど、芥川龍之介(1892~1927)とオスカー・ワイルド(1854~1900)には共通する特殊性を感じます。

▶芥川代表作

▶ワイルド代表作

以下、両者の共通する特殊性に関し考察してみます。

①芥川龍之介とオスカー・ワイルドの人生

両者の人生は芥川35年、ワイルド46年と短命です。また芥川は神経症からの自殺、ワイルドは同性愛で投獄され失意のまま出獄後死去と、双方劇的な最期を迎えています。

学歴に関しては、芥川、東京大学出身、ワイルド、オクスフォード大学出身と両者、高学歴です。芥川は生後まもなく母親が精神に異常をきたし、養子となる一方、ワイルドは医師の息子として生まれました。ワイルドはダブリン出身であり、アイルランド出身者としての複雑なアイデンティティを同時代に生きたジェイムズ・ジョイスやウィリアム・バトラー・イエイツのように持っていたと考えられます。

両者の複雑な出自には、ある種の出世欲あるいは自己顕示欲が育つ土壌があったと考えられます。

②芸術至上主義/耽美主義

ワイルドと芥川龍之介の最大の特徴は両者が芸術至上主義及び耽美主義だったとされている、またはそれらを作品で描いていることです。

実際ワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」では自らの美しさに溺れ、道徳的な観念を失っていく青年が描かれています。一方、芥川の「地獄偏」は地獄絵を描くために自らの娘が燃えていても何もしない絵師が描かれています。

作中でワイルドと芥川が描いたのは他ならぬ自身の姿だったと考えられます。芥川の晩年の作品「歯車」には「生活欲が自分にはなく、創作欲しかない」という言葉に対し、「創作欲も生活欲ではないか」と問い返され黙り込むという趣旨の一節があります。一方、ワイルドは道徳的な本ではなく優れている作品をよしとしたとされています。

事実芥川はこのような共通点ゆえワイルドに魅了された時期がありました。しかしながら、芥川がワイルドに魅了されたのはつかの間のことだったとされています。芥川は『愛読書の印象』においてはっきりと自分の好みの移り変わりを述べています。

中学を卒業してからいろいろな本を読んだけれども、特に愛読した本といふものはないが、概して云ふと、ワイルドとかゴーチェといふやうな絢爛とした小説が好きであった。それは僕の気質から来ているであらうけれども、一つはたしかに日本の自然主義的な小説に飽きた反動であらうと思ふ。ところが、高等学校を卒業する前後から、どういふものか趣味や物の見方に大きな曲折が起こって、前に言ったワイルドとかゴーチェとかいふ作家のものがひどくいやになった。

                         『愛読書の印象』より引用

これはなぜでしょうか。おそらく、芥川は芸術至上主義の気があるのに対し、ワイルドは耽美主義であったからだと思います。芸術至上主義と耽美主義はとても似通っているのですが、深く掘り下げてみると大きな違いがあるのも確かです。その点で芥川が最初に耽美主義の絢爛な美しい文章に魅せられ、後に幻滅したのはつじつまがあいます。

③外国への憧憬

芥川とワイルドの共通点の一つとして、外国への憧れがあります。芥川は英文学科に在籍し、後に中国に滞在し、ワイルドはイタリアやフランス、アメリカなどに行っています。これは前述した両者の複雑な人生からの激しい出世欲や自己顕示欲が現れていると考えられます。

多くの作家にとって外国への憧憬は大きなキーワードになることが多いです。なぜなら外国や外の世界に好奇心を踊らされるタイプの作家と特定の場所を舞台に踏みとどまらせて作品を描き続ける作家とでタイプが違ってくるからです。前者が万事を知り尽くした上で真実を得ようという心意気があるのに対し、後者は同じ場所で観察し続けることによって物事の心理を得ようというタイプです。前者の方が活発であり、またアイデンティティが成長の過程において固まっていないとも考えられます。

芥川の場合、物心のない頃から親元を離れ養子として育ったので、成長の過程においてアイデンティティの確立の難しさを痛感し続けた可能性はあります。また、アイルランドは当時イギリス併合時代という難しい状態にあったこともありワイルドも難しい時代を送ってきた可能性は高いです。またそれに加え、ワイルドは女装の趣味があり、当時断絶されていた男色の気があったため余計にアイデンティティで悩まされたと推測できます。アイデンティティの欠落から旅に出るというのはオーソドックスではあるのですが、古代から今に至るまで踏襲されている構図でもあります。

④結婚の失敗

芥川もワイルドも離婚はしていないのですが、結婚生活が円満で幸福ではなかったと推測できる言葉を残しています。芥川は幸せな結婚を否定しています。

今の若い人達は余り恋愛といふものを高調し過ぎる。恋愛に関して非常に感傷的            になつてゐると私には思はれる。婦人が殊に甚しいやうであるもっとも男子のや             ような社会的生活をすることが少いから、婦人に於ける性の意義は男子のそれよ             よりも重く、それだけに婦人が当然の帰結として恋愛を高調するのかも知れない             が、実に馬鹿げたことである。恋愛といふものはそんなに高潔であり恒久永続す             するものではなくて、互に『変るまいぞや』『変るまい』と契つた仲でも、常に幾             紆余曲折があり幻滅が伴ふものである。だから私は先に言うたやうにホリデーラ             ラヴを主張するのである。よしんば其の恋愛が途中の支障がなく、順調に芽を育まれて行つたにしても、結婚によつて、それは消滅し又は全く形を変へてしまふ             うのである。自由結婚にしても媒酌結婚にしても、結婚生活といふものは幻滅であつて、或る意味に於て凡ての結婚といふものは、決して幸福なものではないと思ふ。

                  (『芥川龍之介全集 第十一巻』より引用)

一方、ワイルドは結婚についてのシニカルな考えをたびたび述べています。「結婚というものの一つの魅力は双方にとってだましあいの生活を絶対必要とすることだ。」「男は退屈から結婚する。女は物好きから結婚する。そして双方失望する。」などがそれに当たります。

元々時代の流れに沿って結婚はしたものの、男色なのでそれほど結婚に燃え上がらなかったというのもあるのかもしれません。一方芥川は度々親子の結びつきの大切さなどに言及しているため、結婚についてのシニカルさはワイルドほどではありません。ただ、そもそも養子として肉親から離れて育った芥川にとって、家族の存在は得がたくも、馴染めない存在であり、それゆえ結婚後も自身の孤独を深めていったとも考えられます。

⑤主人公の死

芥川とワイルドの作中ではよく登場人物の死が描かれます。「地獄変」と「ドリアン・グレイの肖像」の主人公は双方道徳的とは言えない人物ではありますが、最終的に自らを死に追い詰めます。このことは、芥川、ワイルド双方がある意味では自らの人生の行く末を予感していたということを物語っています。なぜなら、この二つの作品の主人公は二人の作者の分身と言える部分を多く持っているからです。つまり芥川は芸術至上主義としての自分を作中で殺し、ワイルドは耽美主義としての自分を作中で殺しているのです。

「ドリアン・グレイの肖像」のエンディングにおいて、非人道的なことをやり尽くしてきた主人公の罪の罪の意識が胸中に沸き起こる場面があります。

ああ! 高慢と激情の瞬間に、肖像画が彼の日々の重荷を負い、自分は汚れを知らぬ輝かしい永遠の若さを失わないようにと祈ってしまった! 彼の過ちのすべてはそこから始まっている。日々の中で罪を犯すたびに、すばやく確実に罰を受けていたほうがよかったのだ。罰には浄化の働きもある。「我らの罪を赦したまえ」ではなく「邪悪さゆえにわれらを打ちたまえ」のほうを公正なる神への祈りの言葉にするべきだ。

                        『ドリアン・グレイの肖像』

 わかりやすく言えば善と悪の戦いの話ですが、ドリアン・グレイの死から、善と悪はお互いを刺し違え奈落に落ちていったというような印象を受けます。これはまさにしゃれて粋がったワイルドとその晩年を示唆しているようです。また、芥川の作中の絵師は芸術至上主義らしく地獄絵を書き上げながらも後に自殺します。これも晩年の芸術至上主義になろうとしていた芥川が自ら死を選んだ事実と似ています。このことから、二人の作者は共に自分の性質と行く末を冷静に見つめていたといえると思います。