考えるライオン

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『白鯨』におけるピークオッド号とアメリカ

メルヴィルの「白鯨」(原題“MOBY-DICK OR THE WHALE”)は1851年に出版されました。

この本では面白いことに、始めの「主要登場人物紹介」において、各々の結末まで描かれています。たとえば主役のイシュメールは

物語の語り手として登場するが、『第一人称の語り手』の分限を遵守するのは第二十二章まで。中略。最後にただひとり生き残り、この物語を語る

とあります。これによって読者には、ピークオッド号の結末が分かってしまいます。

基本的に、この小説は白鯨を取りに行くわくわくする冒険小説の類ではなく、結末は最初から分かっているタイプの作品なのです。大事なのは過程のディテイルです。そのため、メルヴィルは過程をとても詳細に描いています。イシュメールがピークオッド号に乗り込むまでの過程から、一人生き残るまで実に1000ページ以上にわたって描かれています。

この話の主要人物、エイハブ船長は、自分の片足をとった白鯨を執拗に追っています。エイハブ船長いわく、目に見えるものはボール紙で出来ており、それをぶち破ると真実があるかもしれないし、ないかもしれない

本作は、1830年代から60年代にわたって栄え、50年に絶頂期を迎えたアメリカのロマン主義文学の黄金時代、「アメリカン・ルネサンス」に出版され、メルヴィルはF.O.マシーセンの著書「アメリカン・ルネサンス――エマソンとホイットマンの時代における芸術と表現」においてホーソーン、ソローなどの作家と共に論じられています。

本作は内容も結末も決して明るくないのですが、文体はわりと淡々としており、陰鬱ではありません。ピークオッド号の航跡や構造まで図になって描かれており、個性的な登場人物についても長々と述べられています。

例えば、一等航海士のスターバックは用心深い人物として描かれています。「鯨をおそれないような者は、わたしのボートにひとりも乗せん」とスターバックは言います。その言葉はこう解釈されています。

おそらく、もっとも信頼にあたいする有益な勇気とは、直面する危険を公平に評価できる能力に由来するということばかりか、同時に、まったく恐れを知らぬ者は、同僚としては卑怯者よりよほど危険であるということでもあったろう。

▶一等航海士のスターバックは「スターバックス」の店名の由来となっています

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二等航海士のスタッブは楽天的な人物です。登場人物紹介には、

運は天まかせの呑気者で、臆病でもなければ勇敢でもない。ただ、どんな危険にも無造作に立ち向かっていくのである。

とあります。その他、出発前にイシュメールが出会う異教徒、クイークェグなど、個性的な登場人物が多々います。このような個性的な面々の上に立つ、船長のエイハブの存在はひときわ異様です。エイハブはとても複雑な人物として描かれています。立派なリーダー格であるが、狂人のようでもあります。それに関しても自覚的と見えて、エイハブは、鯨の追撃中に海に放り出されて気の触れた黒人の少年ピップがついてこようとするのに、「用心するがよい、エイハブも狂っているのだぞ」と言います。彼は常に狂気の中にいながら自覚的です。

ピークオッド号の乗組員は、そんなエイハブ船長を中心に航海を続けます。エイハブ船長の白鯨に対する執念は、鯨に対する憎悪だけでなく、世界の不条理に対する復讐の念も含まれています。

乗組員とエイハブ船長はしばしば衝突します。例えば真人間のスターバックとエイハブ船長。

「もの言わぬけものに復讐するなんて!」「あれは盲目的本能にかられてあなたにかみついただけです! 狂気の沙汰です! もの言わぬものに仇討ちするなんて、エイハブ船長、神に対する冒瀆です」

ここでエイハブ船長は「目に見えるものはボール紙にすぎない」と説きます。スターバックはもちろん納得しないものの、半分諦めることになります。そして結局最後まで運命を共にします。

ピークオッド号をアメリカに例えることは可能だと思います。未知のものに向かっていくアメリカ。ここで示されているのは、未来に対して不安を抱くアメリカの姿です。しかし悲劇的な話に関わらず、前述したとおり、それほど悲痛な文体ではありません。登場人物が船乗りだというのもありますが、船が沈む直前ですら健在のスタッブの明るさは皮肉ですがユニークな印象があります。そこの部分はアメリカ人のイメージに合っています。からっとしていて、いさぎがよいです。